2001年7月号
その2
![]() 先月のキャノンIXY DEGITAL 300に感化されてか、ついに由理まで衝動買いに走りました。それも、Rolexデイトジャストレディース!!アンティークの1970年代もの。これで、パパの自慢のデイトジャスト稀少モデルとペアになったわけで、こうして画像を見ると、大変いい感じなのだが、その裏には、「結婚十周年にデイトジャストのテンポイントをスイートテンダイヤモンド代わりに」という、夫婦間の暗黙の了解を、一度もお互い口に出さずに4年目を迎えようとしているパパへの無言のプレッシャーともとれるのであった。(--;)
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7月1日(日)、真綾が3日間お腹を壊したままなので、病院へ。
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7月7日(土)そろそろ泳ぎのシーズンですが、天気予報はあいにくの雨。「梅雨だししょうがないか!」の諦めとは相反して、以外にも良いお天気になりました。公立の子は学校があるし、これはチャンス、空いてるぞ!と、慌てて出発。さすがに出遅れて、海行きは諦めましたが、宝塚ファミリーランドの「森のプール」に行きました。恐がり真綾は、ママとのペア浮き輪にしがみついて離れなかったのですが、一度、無理矢理浮き輪を外して、浮かせてみたら、案外浮く感覚がわかったよう。もっともっととなかなか水から上がらず、大気に入りでした。
![]() 7月17日祇園祭巡行の日。下京中京の小学校中学校は当然のように朝の朝礼で学校はおしまい。子供たちは思い思いに巡行見物に行くのです。でもノートルダム小の和馬君は平常通りの授業。短縮なので午前中ですがそれがまたくせ者。いつも乗ってる4番のバスが路線変更になるのです。祇園祭の巡行コースを走る4番は、いつも河原町を四条までずっと南に下るのですが、四条から御池までは通行止め。河原町丸太町で東に向かい、川端通りを三条京阪まで行って折り返してしまう臨時ルートになるのです。その説明を学校から電話をかけてきた時点で説明すればいいと思っていたママは、定刻を過ぎても和馬からの電話がないことに心配。仕方なく河原町丸太町のバス停で待ち伏せすることにしました。でも、3台ほど待っても和馬は降りて来ず、3台目に乗ってきた5年生の続木光くんが「和馬が心配だから迎えに行ったら下駄箱の靴がもうなかった」と証言。どうやら待ち伏せ部隊が到着する前に河原町丸太町を通り過ぎていったようです。さあどうしよう。また学校へ戻ったのか、とりあえず学校へ連絡するかとパパママが大騒ぎしていると、おじいちゃんから電話。「ひとりで帰ってきた!」とのこと。経過をきくと、やはり「三条京阪で降ろされて、わからないので歩いてたら、知ってるところへでてきたので、そのまま歩いて帰れた」ということで、たまたま三条京阪から西に向いたようで、東に向いていたら・・・・という感じでした。写真の通り、両足は靴づれだらけ。素晴らしい冒険だったようです。でも、パパママはうんざりなのでさっそくSECOMの検索システムに入会する意思決定をしました。携帯電話くらいの発信器をランドセルの中に入れておくと、インターネットで現在地が検索できるシステムで、案外安く、ひと月500円(初期費用充電器等2000円)ということで、まあこれで今後はちょっと安心かな???でも、男の子にはこのくらいの冒険は必要なのですね!
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7月20日(金・祝)・21日(土)は恒例、マリア教会日曜学校の北小松キャンプでした。和馬君キャンパーデビューということで、パパもママも張り切っていたのですが、6月に突然、パパに出張命令が・・・。全く同日程で東京行き。管区(日本聖公会自体)から、各教区から広報担当者を集めて会議をするということです。京都代表としてパパと、教区事務所の西井姉(通称にしとも)の二人が会議に出席し、京都教区のITの進行状況等の説明と管区のHPの協力に向かうことになってしまいました。
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